歳をとる人は涙もろくなるのは本当らしい。
どんなチープストーリーのテレビドラマをみていても。
赤ちゃんとお母さんが微笑み合っているのを見ても。
バス停でバスを待ちわびているお婆さんを見ても。
遠い昔の家族
いつも左に少し傾いて同じ顔をして笑うおばあちゃんの写真をみるときも。
「まことさんをほいくえんにむかえにいきます」震えた字で書かれたおじいちゃんのメモ書きも。
縁日に一緒に行ったお父さんが、道路の端っこを歩いている時に足を踏み外して側溝に落ちたのも。
買い物をしていたお父さんが、しょうゆの瓶を倒して割ってしまい、お店の人に謝っていたのも。
縁日に出かけるのに浮かれすぎた小さな弟が、うっかりおじいちゃんの草履を履いてきてしまって、お父さんに叱られたのも。
友達と遊びに行くとき、弟がタイツのまま靴を履かずについてきて、足を滑らせ用水路に落ちたのも。
かわいがっていた犬のクロが、家に誰もいない昼間にひっそりと死んでいたのも。
小学校の社会科見学で楽しんだ帰り、みんなより先にバスを降りなくてはならず、走り去るバスを小高い丘の上でずっと見送っていたのも。
「家に帰る!」寒い雪の降る夜、親戚の家を飛び出してしまった兄が心配で、長靴を履いて探しに行ったけど見つからず、「お兄ちゃーん、帰ってきてよー!」と暗闇に向かって叫んだのも。
私が叫んだとき、偶然にも兄は近くのガレージに隠れていて、夜遅く帰ってきたけど何もしゃべらなかったのも。
兄が旅立つとき、二階の窓から兄の乗った列車をずっとみていた母はたぶん泣いているだろうと、階段の下で思っていたのも。
窓から建物の外壁だけみえる無機質な灰色の病室で、母が亡くなっていくしかなかったのも。
学校
クラスでただひとり25m泳げなかったM君が、25メートル泳ぎ切った時のラストスパートの息継ぎの顔も。
小学校の卒業式、担任の先生の泣いてるのか笑ってるのかわからない奇妙な顔に下を向いて握手するしかなかったのも。
あこがれていたK先輩が、カッターシャツの後ろをズボンからはみださせて、梨畑をよこぎって帰っていったのも。
高校の卒業式、最後にひとことだけでも話をしたかったのに、オレンジ色の自転車に乗って去っていく彼を、ただ見ていただけなのも。
思い出は、ふと、急によみがえってきて、その瞬間、もう泣く準備はできている。